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名古屋高等裁判所 昭和57年(う)272号 判決 1983年3月24日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年及び罰金三〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から五年間右懲役刑の執行を猶予する。

被告人を右猶予期間中保護観察に付する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山根正、同高澤新七共同作成の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一について

論旨は、要するに、原判決は、その法令の適用において、原判示第一、第三及び第五の各所為が売春防止法一〇条一項に、同第二、第四及び第六の各所為が同法九条にそれぞれ該当する旨を摘示し、右各所為のいずれにも売春防止法一五条を適用して懲役及び罰金を併科することとしたうえで、被告人を懲役一年六月及び罰金五〇万円に処しているが、原判決が原判示各所為に右一五条を適用したのは、以下述べるとおり同条の解釈適用を誤ったものであり、破棄を免れないというのである。すなわち、売春防止法の定める罪は、五条の罪を除き、その程度は別として利得犯としての性質も帯有している。そこで、法は八条一項、一一条二項、一二条、一三条の各罪については、利得犯としての性質が類型的に強いとみて、各本条において懲役と罰金を併科しなければならないこととしている。これに対し、一五条は、五条及び必要的併科となっている右の各罪を除き、その余の所定の罪について、情状にしたがい裁判所の裁量によって、懲役と罰金を併科することができることとしたものである。しかし、情状のいかんによるが、右一五条の趣旨からみて、少なくとも犯人すなわち違反者が当該犯罪によって利得していなければならないと解すべきである(注解特別刑法7風俗・軽犯罪編一二四頁参照)。そうして被告人は、原判示各所為により何らの利得をしていないのであるから、右各所為に対しそれぞれ売春防止法一五条を適用して被告人に対し懲役と罰金を併科すべきでないことは明らかであるというのである。

そこで検討するに、なるほど、売春防止法一五条所定の各犯罪は、犯人が利益追及の手段としてなすことが多く、この意味で利得犯としての性質を帯び易いことは所論のとおりであるが、しかし、そうだからといって、同条により懲役及び罰金を併科することができる場合を所論のように犯人が当該犯罪によって利得している場合に限定して解釈すべき文理上の根拠はない。のみならず罰金も刑罰である以上、これが犯罪の抑制を目的とするものであることはいうまでもなく(この点で、専ら犯罪による不正な利得を犯人の手に残さないことを目的とする追徴と異なる。)、たとえ、犯人が現実に利得していなかったとしても、当該犯罪が経済的に引き合わないことを感銘させるなどの効果を期待し罰金を併科するのを適当とする場合もあることにかんがみると、所論の見解は採用することができない。すなわち、売春防止法一五条は、同条所定の各犯罪について懲役及び罰金を併科するか否かを、専ら裁判所の裁量に委ねた趣旨と解するのが相当である。したがって、裁判所は、犯行の動機、態様、結果、犯行によって得た利益あるいは予想された利益、これら利益の帰属関係、被告人に対し罰金を併科することによる感銘度など諸般の情状を斟酌して懲役及び罰金を併科するか否かを決定しうるものというべきである。したがって、原判決に所論のような法令の解釈適用の誤りはない。もっとも、裁判所の右裁量による判断が、合理的な範囲を著しく逸脱しているときは、量刑不当となることはいうまでもないが、本件についてみると、記録によれば、被告人には、原判示各犯行に際し、これによって生ずる利益は少なくとも自己の近親者らに帰属させる意思があり、現にこれに基づいて右近親者らが原判示A子らの売春により利益を得ていたことは明らかであり、この点を含め右各犯行の罪質、動機、態様、結果、被告人の前科など諸般の情状を考慮すると、原判決が原判示各所為につき懲役に罰金を併科したこと自体は是認することができる。(なお、原判決の罪数処理には誤りがあり、その誤りが売春防止法一五条の適用にも影響を及ぼすのであるが、この点については後述する。)以上の次第で、論旨は理由がない。

控訴趣意第二について

論旨は、要するに、原裁判所が原判示各所為に売春防止法一五条を適用したのは、同条の解釈適用を誤ったものであるが、これは被告人が右各違反行為により利得したものと事実を誤認したことによると思料されるところ、右誤認は原裁判所がこの点に関する審理を尽くしていないことに基因するものであり、右の点で原判決には、審理不尽の違法があるというのである。

しかし、所論の理論的前提が採用し難いことは、すでに述べたとおりである。そして前説示の見解によれば所論指摘の利得の有無は量刑上の事実に属するものであり、原判決もこの点について格別判断を示していないところであるから、所論は前提を欠くものである。のみならず記録によれば、原裁判所は右利得の有無の点についても必要な審理を行っていると認められるから、原判決ないし原審の訴訟手続に所論のような審理不尽の廉は存しない。論旨は理由がない。

しかし、職権をもって調査すると、原判決の法令の適用(罪数処理)には、以下のような誤りがあると認められる。

すなわち、原判決書によれば、その罪となるべき事実の要旨は、

「被告人は、

第一  昭和五六年九月一〇日午後一時ころ自己の経営する料理店「薩摩」において、A子との間に、同女をして不特定の遊客を相手方として売春させ、その対償の四割に相当する金員を同女に取得させることを約して同女を売春婦として雇い入れ、もって人に売春させることを内容とする契約をし

第二  右同日同所において、売春をさせる目的で、前記A子を売春婦として雇い入れるに際し、同女が不特定の遊客を相手方として売春することを条件として、同女に現金二〇〇万円を前貸し、もって売春をさせる目的で、前貸しの方法により人に金員を供与し

第三  同年一一月五日午前一〇時半ころ前記「薩摩」において、B子との間に、同女をして不特定の遊客を相手方として売春させ、その対償の四割に相当する金員を同女に取得させることを約して同女を売春婦として雇い入れ、もって人に売春させることを内容とする契約をし

第四  右第三と同じ日時場所において、売春をさせる目的で、前記B子を売春婦として雇い入れるに際し、同女が不特定の遊客を相手方として売春することを条件として、同女に現金三〇〇万円を前貸し、もって売春をさせる目的で、前貸しの方法により人に金員を供与し

第五  同年一一月一九日前記「薩摩」において、C子との間に、同女をして不特定の遊客を相手方として売春させ、その対償の四割に相当する金員を同女に取得させることを約して同女を売春婦として雇い入れ、もって人に売春させることを内容とする契約をし

第六  右第五と同じ日時場所において、売春をさせる目的で、前記C子を売春婦として雇い入れるに際し、同女が不特定の遊客を相手方として売春することを条件として、同女に現金三〇〇万円を前貸し、もって売春をさせる目的で、前貸しの方法により人に金員を供与し

たものである」

というのである。これに原判決挙示の関係各証拠を加え考察すると、右第一と第二、第三と第四及び第五と第六は、それぞれが同じ日時場所において同じ女性を相手とする行為であるうえ、被告人は、各判示の日原判示A子ほか二名の女性との間で、それぞれ面接のうえ最終的に、同女らを売春婦として雇い入れること、同女らは被告人の指定する店舗(近親者らが経営)で住込みで売春婦として稼働すること、被告人は同女らが右売春をすることを条件に金員を前貸し(貸与)すること、同女らは売春をして得る対償の中から右前借金を返還していくことなどから成る一個の契約を結び(なお、書類の形式上は、売春婦として稼働することは明記されておらず、単に金銭の消費貸借とされているが、実体上は右のように認められる。)、かつ、その際あわせて原判示前貸し金の授受も了していることが認められ、自然的観察・社会的見解のもとでは右第一と第二、第三と第四及び第五と第六はそれぞれが一個のものと評価されるのであるから、それらは一個の行為であり、それが二個の罪名に触れる場合と解するのが相当である。そうとすると、原判決が原判示第一ないし第六の各罪を併合罪として罪数処理をしたのは、法令の適用を誤ったものであり、その結果、原判決は三個の罪が成立するにすぎないのに六個の罪として処断し、かつ、罰金の処断刑は三〇万円以下の範囲となるべきであるのに罰金五〇万円を言い渡しているのであるから、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであり、原判決はこの点で破棄を免れない。

よって、控訴趣意第三(量刑不当の論旨)に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において更に判決する。

原判決が認定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示第一、第三及び第五の各所為はいずれも売春防止法一〇条一項に、同第二、第四及び第六の各所為はいずれも同法九条に該当するところ、右第一と第二、第三と第四及び第五と第六は、それぞれ一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により重い第一の罪、第三の罪及び第五の罪の各刑に従い処断すべく、売春防止法一五条により各所定刑中懲役と罰金を併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役については同法四七条本文、一〇条により最も重い右第三の罪の刑に法定の加重をし、罰金については同法四八条二項により右の各罪につき定めた罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で、被告人を懲役一年及び罰金三〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、なお後記の情状を考慮し同法二五条二項によりこの裁判確定の日から五年間右懲役刑の執行を猶予し、かつ、同法二五条ノ二第一項後段により右猶予期間中被告人を保護観察に付することとする。

なお情状について付言すると、本件は、前叙のとおり被告人が、原判示A子ほか二名の女性との間で、同女らに売春をすることを条件に金員を前貸しして同女らを売春婦として雇い入れた(売春させることを内容とする契約をした)事案であるが、証拠に現われた被告人の性行、経歴、前科をはじめ、右各犯行の罪質、動機、態様、各犯行後の情況などの諸事情、とくに被告人は昭和五五年二月一四日大阪地方被判所において売春防止法違反罪により懲役一年及び罰金二〇万円、懲役刑について四年間刑執行猶予の判決言渡しを受けながら、右猶予の期間中またも本件各犯行に及んだものであること、被告人は前記A子らに対する前貸し金を準備し、同女らと面接するなどしてその雇入れに積極的であったことなどに徴すると、被告人の刑責は軽視することができない。しかし、他面被告人が前記A子らを雇い入れたのは、自己の近親者らに頼まれ、同人らが経営する店舗で働かせるためのものであった(なお、このことは同女らが現に近親者らが経営する店舗で働き、近親者らもまた、そのことに関連した事件でそれぞれ裁判を受けていることからもうかがうことができる。)こと、被告人は雇入れに際し同女らの意思を確認し強制にわたらないように留意していたこと、被告人は年齢六〇歳に達し健康状態もすぐれず、本件を契機に前記「薩摩」を廃業し、肩書住居の実母のもとで反省謹慎の生活を送っており、改悛の情が認められることなど、弁護人ら所論の被告人のため酌むべき諸事情を十分斟酌すれば、懲役刑については情状特に憫諒すべきものがあるので再度の刑執行猶予に付するのが相当と認められ、前記のとおり量刑処断した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野慶二 裁判官 河合長志 鈴木之夫)

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